僕は I am
1926年[大正15年]12月に書かれた、アフォリズムを連ねたもの。「侏儒の言葉」と共通する内容が多く見られます。「侏儒」の下書きだったのでしょうか。
「僕は樹木を眺める時、何か我々人間のやうに前後ろのあるやうに思はれてならぬ。」
うーん、この人の発想は面白いです。この話は翌年に書かれる「歯車」のなかにも出てくるのですが、私はこれを読むまで樹木に前後ろがあるなどとは考えもしませんでした。
初出は「驢馬」1927(昭和2)年2月。(2005年5月27日)
闇中問答 Conversation in the Dark
「僕(芥川)」と、「或声(悪魔らしい)」の問答。彼が服薬自殺した昭和2年の作品で、苦悩のほどが察せられます。やたら厭世的な芥川が痛々しい。「僕は将来に読者を持ってゐる」と言っていながら、「安心しろ、お前の読者は絶えないだらう」と言われれば「それは著作権のなくなった後だ」と冷めた返事。
これによるとどうやら芥川は不倫をしていたようです。話がそこに及んで、「或声」が「お前は愛の為に苦しんでゐるのだ」と言えば「愛の為に?文学青年じみたお世辞は好い加減にしろ」。芥川にとっては、恋愛はそれほど崇高なものではないらしいですね。なら不倫などしなさそうなものですが、そこがまた人間の性と言うやつです。それゆえ「或声」は「お前のしたことは人間らしさを具えてゐる」と肯定してくれるのですが、「僕」はそれを「最も人間らしいことは同時に又動物らしいことだ」とはねつける。恋愛感情というのはとどのつまりが種の存続のために脳にプログラミングされているものですから、人間に限らずどんな生き物にもあるわけで、その点で芥川は正しい。が、芥川は「人間も数ある動物のひとつ」という事実から目をそむけようとしていた気がします。人間は動物とは違う、理性的であらねばならないという彼の理想と、実際の人間(彼自身を含む)にある動物としての原始的な本能とのギャップに苦しんでいたのではないでしょうか。
「恋愛と夫婦愛とを混同しては不可ぬ」にもありましたが、基本的に芥川は恋愛のみならず人生そのものを悲観していて、「人生は『選ばれたる少数』を除けば誰にも暗」く、「しかも又『選ばれたる少数』とは阿呆と悪人との異名」だといいます(同じ内容は、前年に書かれた「侏儒の言葉」にも出てきています)。そして「或声」が「お前はお前なりに生きる外はない。或は又お前なりに…」と言いかければ「さうだ。僕なりに死ぬ外はない」。ここで初めて「或声」と意見が一致する芥川。「或声」の言葉をさえぎって話すのも本作中ここだけです。このあたりで彼は死を決意したようにも見えますが、ラストでは「これからお前はやり直すのだ」と自らを叱咤しているところを見ると、苦しみつつも生きようとしているとも取れますし、どの時点で自殺を決意したのかは本作からは明らかではありません。過去に何度も自殺を図ったことは打ち明けていますが。
それにしても「誰でも僕くらいは下等だらう」だの、「お前は…あの気違いじみた天才の夏目先生を知らないだらう」だの、言うことがいちいち格好いいんですけど!「或声」と「僕」の差をはっきり出して朗読すると楽しいのでお試しあれ。(2005年5月18日)
歯車 Cogwheels
遺稿となった作品。義兄宅の火事や義兄の自殺、「河童」を執筆するくだりがあることから、1927[昭和2]年の1月から2月くらいにかけて書かれたものと推測されます。とにかく痛々しいので有名です。
実際、本作の傷ましさ・哀しさは背筋に冷たいものを走らせます。何かに付きまとわれている不安、焦燥。右目の裏で回る半透明の歯車、発狂の恐怖、レエン・コオト、エエア・シツプ、ブラツク・アンド・ホワイトの符合。それらの符合は単なる偶然で「僕」の考えすぎと言ってしまえばそれまでですが、それでも「僕」を恐怖させ追い詰めるには十分でした。
何とかしてあげようにも手の差し伸べようがなく、全体どうしたら彼が救われたのか分かりません。
「歯車」「或阿呆の一生」など自殺直前の作品からは、人の「生」を支えている基盤のようなもの ― 思想や主義など難しいことは抜きにして、兎も角も生きようとする原始的なエネルギー ― が消えてしまっている、という印象を受けます。いわば生きながらに死んでいるようで、読んでいて薄ら寒くなるのです。
一方で、芥川はそんな崖っぷちの精神状態すらも文章にしていったわけで、そのこと自体が、彼が何らかの希望の存在を信じていたことの証左のようにも思えます。薄い、細い光を何とか掴もうとして、どうにかすれば救われるのではないかと手を伸ばして、必死に模索していたのではなかろうかと。そうだとすると、模索を重ねはしたが最終的には死を選んだということになりますから、なおさら痛ましく、哀しくなってしまいます。(2005年6月13日)
しるこ Shiruko
芥川龍之介は下戸だそうです。
一杯で真っ赤になってる芥川龍之介。つぶれて寝ちゃった芥川龍之介。
拉致っていいですか(やめれ)
冗談はさておき、お酒が飲めない人は申し合わせたように甘いものに目がありません(酒豪かつ甘党という人もいますが)。「あばばばば」ではココアの粉を買うシーンがありますし、「歯車」でもココアを啜り、「侏儒の言葉」ではチヨコレエトを齧り、岡本かの子の「鶴は病みき」では羊羹、メロン、スイカ。下戸で甘党って可愛いですよね!
「僕らの東京」っていう言い方も好き。生まれた街を愛してたんだなあ。
明治製菓株式会社発行の雑誌「スヰート」(昭和2年6月15日発行)に寄せられた文章。末尾に(二、五、七)とあるので昭和2年[1927年]5月7日に書かれたものか。2ヵ月後に自殺するとは思えないほどお気楽な文章です。(2005年5月16日)
文部省の仮名遣改定案について
仮名遣改定案というのは「ぢ」は「じ」と、「ゐ」は「い」と書きましょうといった類のものです。これについて芥川はわざと漢文訓読調で批判しています。真面目な論文かと思いきや、なかなかユーモラス。芥川はこれを楽しみつつ書いていたんじゃないかな?と察せられます。
好きな文章を全部書き抜いていたら長くなるのでしませんが、とにかく笑えるので、読んだことのない人は是非読んでください。これを読んだら絶対芥川が好きになりますから。芥川が可愛くて仕方なくなりますから。
それにしても、こんな漢文調で自在に文章を書ける日本人が現在どれだけいるんだろう。殆どいないだろうな。(2005年6月4日)
恋愛と夫婦愛とを混同しては不可ぬ Don't Confuse Love with Marriage
お見合い結婚(媒酌結婚)を恋愛結婚よりも推奨する芥川。その理由は「聡明といふことと、青年といふことは、多くの場合一致しない」からだそうです!これほどの名言が未だかつて存在したでしょうか。
さらに彼は「愛の恒久性や純潔さを疑ふ」ゆえに「ホリデイラヴ、即ち一週間に一度の恋愛を主張する」。いやあ、面白いなーこの人。恋愛感情は長続きしない、というところから「それでも強い愛を育んでいこう」と思う人もいると思うのですが、芥川は逆に「恋愛感情を持続させようなどと思うな!」という結論に持っていきます。
そして恋愛だろうがお見合いだろうが「結婚生活というものは幻滅であつて」、なべて結婚というものは「決して幸福なものではないと思ふ」。それどころか「結婚のみならず人生は総て幻滅の連続」だそうです。
芥川さん…何か辛いことでもあったんですか。(2005年5月16日)