- 父親
フランソワ・ド・ロベスピエール François de Robespierre
弁護士。1758年1月2日にジャクリーヌと結婚。1764年に妻を亡くしてからは多額の借金を抱え、1767年には家族を捨ててベルギー・オランダ・ドイツを転々とする。1777年11月6日、ミュンヘンで死去。
結婚の年月日を見て、何か気付きませんか。そうです!この夫婦はできちゃった結婚なんですね。2人の結婚から約4ヵ月後におぎゃあと生まれてきたのがマクシミリアン坊やというわけです。
それにしてもこのお父さん、ジャクリーヌを失って以後の行動に父親としての責任感など微塵も見出せません。まあ、父親がこんなろくでなしだったからこそマクシミリアンがしっかりせざるを得ず、真面目で勉強熱心な少年になっていったとも言えるのですが。
- 母親
ジャクリーヌ・マルグリット・カロー Jacqueline Marguerite Carraut
ビール醸造業者の娘。1758年1月2日にフランソワと結婚。このとき21歳。
1764年7月14日、三女を流産したのが原因で死亡。享年27歳。
- 兄弟姉妹
- 長女
シャルロット Charlotte
(1760年2月8日生)
- 次女
アンリエット Henriette
(1761年12月28日生、1780年5月5日没)
貧血症のため19歳で死去。
- 次男
オーギュスタン Augustin
(1763年1月21日生、1794年7月28日没)
国民公会議員。テルミドールのクーデターで兄と共に逮捕され刑死。
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