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平 清経 TAIRA no Kiyotsune 「網にかかれる魚の如し。いづちへ行かば遁るべきかは」 基本情報 : 生年不明。父は平重盛、母は藤原家成の娘(成親の妹)。異母兄に維盛、資盛。同母弟に有盛、師盛、忠房。都落ち後の寿永2年11月、豊前国柳ヶ浦で入水自殺(巻八「大宰府落ちの事」)。最終官位は正四位下左近衛中将。高橋昌明「平家の群像」によれば長寛元年生まれ、享年21歳。
入水自殺場面がほとんど最初で最後の出番なので、私にとってずっと印象の薄い人であり、清経の人物考を書くことはないだろうなと思っていました。が、高橋昌明「平家の群像」を読むと、「清経は重盛の嫡子」と書いてあるではありませんか。重盛の正妻は成親の妹であることから、彼女が最初に産んだ男子である清経が重盛の嫡子で、昇任の早さもそれを証明しているとあり、目からウロコでした。 高橋氏によれば、正妻の長男(母太郎)である清経が失速したのは成親らによる鹿ケ谷事件のためだそうです。清経の人物像を伝える資料は非常に少ないのですが、平家物語には「何事も深う思ひ入り給へる人」だったとあります。自分の母が成親の妹であるゆえに順調だった出世が、他ならぬ成親の謀反で頭打ちになった時、彼は宮廷における浮沈がいかに不安定なものかを知り、権力争いのむなしさを感じたことでしょう。世をはかなむ気持ちはこの時から少しずつ大きくなっていったのではと想像されます。 清経の名前には平家の家の字である「盛」が付いていません。推測ですが、「清」は祖父の清盛から、「経」は母の名とされる経子から取られたのではないでしょうか。というのも、清経は平家と中御門中納言家との何重もの婚姻の中で最初に生まれた男子であり、両家の結びつきの結晶といえるのです。「清」の字は当然、清盛に無断で付けることはできなかったはずですから、平家一門の男子が「清」を名乗る時、それは清盛からもらった字であることを意味します。清盛の息子たちの中では清房が「清」の字をもらっていますが、孫世代では清経が最初。清盛が、家成の血を引くこの孫の誕生をいかに喜んだかが分かるのです。そして「経」の字は、母の名が経子だとすれば、清経のバックに中御門家があることの言明でしょう。 強い後ろ盾があっただけに、それがなくなったときのショックは大きかったのだと思います。 清経は容姿の記述がありません。男の子は母親に似ることが多いこと、中御門家は「芙蓉の若殿上人」成親や超絶美女の維盛正室を輩出している美形の血筋なので、きれいなお顔にしてみました。(しかしそうすると、維盛は美男、維盛似の資盛も美男、中御門家の血を引く4人も端正で、重盛の息子たちは本当に美形ぞろいということになるんですよね…) |
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