カサブランカ Casablanca
何度か観ている映画ですが、先日あらためて観てみました。かつての恋人イルザと、その夫で反ナチ活動家のラズロを主人公リックがアメリカに逃がしてやるという筋書きはもちろん、ラ・マルセイエーズは熱唱するわ、ヴィシーワインはゴミ箱に捨てるわ、「打倒・ドイツ」のにおいがプンプンしてますが、制作されたのが1942年ですから無理もないのかもしれません。マルセイエーズはラストにも流れたかと思うんですが、あの曲はフランス革命 ―すなわち「自由・平等・友愛」&民主主義― の象徴です(血生臭い歌詞はともかくとして)。その曲を大戦中のアメリカが映画の中で使うということは、「自由と民主主義は必ず勝利する、アメリカはファシズムには負けない」というメッセージですね。そう思ってみてみると、この映画は「反ナチ映画を作ろう」というベクトルがまずあって、ラブストーリー部分はいわば「飾り」として作られた…というのは深読みのしすぎでしょうか。まあ、そういう見方もできるということです。
なにやらくどくどと書きましたが、私は好きです、この映画。サムの歌もいいし、俳優も素晴らしい。かっこいい場面はリックがみんな持っていってしまったので、ラズロがちょっとかわいそうですが…。個人的にはルノー署長が可愛くてお気に入りです。(2003年3月20日)
<1942年/アメリカ/監督 マイケル・カーティズ/主演 ハンフリー・ボガート>
ギフト The Gift ケイト・ブランシェットが演じるのは、夫を亡くして3人の息子を抱える主婦。平凡な、生活に疲れた感じがよく出ています。この映画は俳優陣が本当に豪華。別の役者を使っていたらB級映画だったでしょう。
全体に、「周辺の要素が十分に絡まないまま、無理に締めくくってしまった」という感じ。ヒラリー・スワンクは暴力夫に怯える妻という役でしたが、話の本筋にあまり絡むことができていません。ほかにも、反抗的な長男がいますが彼もあまり本筋とは関わりがありません。そのような「飾り」的要素を盛り込まなければならなかったのは、もともとの筋書きが「ヒロインが超能力で事件を解決する」といういささか陳腐かつ貧弱なものだから。盛り付けすぎが裏目に出たのでは。「グリーンマイル」もそうですが、非現実的な筋書きで映画を作るのは難しいですね。開き直ってコメディとかファンタジー小品にしてしまえば成功しやすいんですが、シリアスなものとなると大変。
恐怖感の演出はすごい。本当に怖かった。心臓に悪いわ。(2002年9月3日)
<2000年/アメリカ/監督 サム・ライミ/主演 ケイト・ブランシェット>
9ヶ月 Nine Months 恋人の突然の妊娠に動揺し、すったもんだがありつつも無事に結婚・出産してハッピーエンド、という定石にのっとったラブコメ。役者の演技もいいし、笑わせるポイントも上手く出来ている良質のコメディです。ヒュー・グラントって本当にコメディ向きですね。相手役のジュリアン・ムーアも可愛い。 冒頭の台詞「安定(stability)に乾杯」に象徴されるように、主人公サム(グラント)は変化を恐れています。子供が生まれたら今の生活が変わってしまう、アパートは手狭になるし、ポルシェを手放してファミリーカーに買い換えて、しかも子供が従順に育つ保証もない。この辺りの心情は分からなくもありません。私だって芥川の短編「あばばばば」に登場する女性のように子供を産んで性格が変わってしまうのが怖いし、酒井順子が「少子」で述べているように、結婚・出産によって体型が崩れ、服の趣味も悪くなってしまうのが怖いです。しかし最終的にはそれは「臆病(coward)」だと思い直したサムは、父親になる決心をします。これはコメディ映画なので最後は四方八方丸く収まるのですが、じゃあこれを見て子供を産む気になるかというと、現実はそう単純ではありません。と言ってもそれは本作の咎ではないので、素直に楽しく鑑賞しましたが。(2005年6月4日)
<1995年/アメリカ/監督 クリス・コロンバス/主演 ヒュー・グラント>
グッドナイト&グッドラック Good Night and Good Luck 上院議員マッカーシーによる「赤狩り」が吹き荒れた1950年代アメリカ。「共産主義者」のレッテルを貼られることを恐れてメディアが一斉に口を噤むなか、ニュースキャスターのエドワード・マローは敢然とマッカーシーを批判する。
監督・助演のジョージ・クルーニーと、主演のデヴィッド・ストラザーンという2大セクシーオヤジの競演はストラザーンの圧勝。渋い!渋いよ!顔も声も渋いよ!ジョージ・クルーニーが霞んで見えたよ!その低音は「カサブランカ」のハンフリー・ボガートに匹敵する、いや上回るよ!デビッドデビッドー!
本作のテーマはジャーナリズムですが、この作品自体は結論を示しておらず、見る人に考えさせる手法です。マローはマッカーシーを論破して世論を味方につけることに成功するものの、看板番組「See It Now」の放送枠は変更され、 放送回数も減らされる。締めくくりの演説でも自身のジャーナリストとしての理想を聴衆に訴えますが、最後は寂しげな足音ともにフェードアウト。その後のことは描かれませんが、彼のキャリアが下り坂に向かうことが暗示されているのです。もちろん制作側はマローに賛同したいからこそこの映画をつくったのでしょうが、決してマローをヒーローとして描いていません。結論を観客に押し付けない姿勢に好感を持ちました。
また、マローが落ち目になることの暗示は、正論が通用しない放送業界の歪みに対する問題提起でもあります。舞台こそ50年代ですが、現代の放送ジャーナリズムについても当てはまることでしょう。だからこそ今、この映画を世に送ったのでしょうし。
私が最初にマローを知った本「ニュースキャスター エド・マローが報道した現代史」(田草川弘著、中公新書)の感想はこちら。
(2006年6月11日)
<2006年/アメリカ/監督 ジョージ・クルーニー/主演 デヴィッド・ストラザーン>
グリーン・デスティニー Crouching Tiger Hidden Dragon ロマンスありのアクション映画。この手の映画にありがちな、あちょー!あたたたた!あいやー!みたいなヘンな気合が入っておらず、アクションの場面がとてもきれいです。もちろん激しく戦っているんですが、ダンスを見ているようで、音で表すなら「ふわり」とか「さらり」という言葉がふさわしいような、そんな不思議な感じでした。 チャン・ツィイーは例のごとく可愛く、しかもセクシーさも垣間見えて魅力的です。ミシェル・ヨーは監督お気に入りだそうですが、私には浅田美代子にしか見えませんでした。どうしてもチャン・ツィイーに目がいってしまうんですよ。そして剣の達人リー・ムーバイを演じるのはチョウ・ユンファ!彼の出ている映画を見たのはたぶん初めてなんですが、最高にかっこよかったです!私はジョージ・クルーニーなんかは濃すぎてあまり好きになれないのですが、チョウ・ユンファはちょうどいい濃さ(なんじゃそりゃ)で気に入りました。 残念なのは、ストーリーが分かりにくかったこと。毒狐とイェン(チャン・ツィイー)が行動を共にしている理由がよく分かりませんし、深窓の令嬢のイェンがなぜ小さい頃から剣術をやっているのかも腑に落ちません。私が見落としただけかもしれませんが。(2004年2月4日)
<2000年/中国、アメリカ/監督 アン・リー/主演 チョウ・ユンファ>
恋する惑星 恋する男女の描写がとても丁寧。警官633が家の中の物に話し掛けるところは、結構可愛いなと思えました。前半は金城武が出てきてましたが、彼が出てる時間は実は少なくて後半のエピソードがメイン。オムニバス恋愛ドラマという感じです。ストーリーは第三者ではなく常に登場人物の視点で展開するので、観ている人は共感しやすいはずです。どこにでもありそうな恋愛話を丁寧に描いた良作。(2003年4月17日)
<1994年/香港/監督 ウォン・カーウァイ/主演 トニー・レオン>
恋におちたシェイクスピア Shakespeare in Love 良い映画でした。G.パルトローは綺麗です。ヴァイオラとウィルの恋愛が、劇中劇の「ロミオとジュリエット」と重なりながら進行して、ラストの共演で頂点に達する、と。しかし2人は直後に別れる運命。それを思うと終幕後のキスは、最高に幸福な瞬間であると同時にこれ以上ないほど悲しい瞬間なのです。そして劇中劇の幕切れは、それとオーバーラップしながら展開してきたこの映画の、最高潮に達しての幕切れでもあります。
その後5分ほど映画は続きますが、観客にとってはこの部分は要らぬ付けたし。無理に「十二夜」に繋げる必要はなかったでしょう。もっとサッと引いて欲しかった。
女王を演じたジュディ・デンチはアカデミー助演女優賞を受賞。出ていた時間こそわずかでしたが、女王らしい威厳と貫禄でこの映画を引き締め、骨のあるものにしてくれています。
そう言えば昨年度の文活ではこれが上映されたな。(2002年1月27日)
付け足し。最近久しぶりにこの映画を見たのですが、シェイクスピア作品には若い女性が男装するという筋書きのものが幾つかあります。本作と関連していることが明白な「十二夜」の他、「ヴェニスの商人」のポーシャ、「お気に召すまま」のロザリンドなど。そして本作も若い男女の恋愛ものである以上、ヒロインに男装させるという発想は作り手の中でごく自然に出てきたと思われます。 そして、トマス・ケントがヴァイオラだと気づかないまま、トマスの前でヴァイオラへの愛を語るシェイクスピアに、トマスは「君は勝手に女を美化してる」「胸も唇も、近くで見たら大したことないかもよ」と冷めた反応。このやりとりと非常によく似ているのが、「お気に召すまま」で、ロザリンドへの愛を語るオーランドウを、ロザリンド扮する青年・ギャニミードが冷たく突き放すという一幕です。 この映画を初めて観たときは「お気に召すまま」も「十二夜」も読んでいなかったので気づかなかったのですが、それらを読んでからだとまたいろんな発見があって面白いです。 個人的には、トマス・ケントの中性的さがツボでした。男の服を着てさらにヒゲをつけると明らかに女ではなくなるのですが、他の男性に比べると明らかに華奢で、ゆえに男なんだか女なんだかよく分からない、という不思議な雰囲気がこの「少年」俳優の魅力になっています。 ヴァイオラは男装してロミオを演じ、小汚い酒場にも足を踏み入れたりしますが、これは貴族の令嬢にはありえないこと。そういった体験ができるのも「トマス・ケント」になっているからこそであり、普段の自分とは全く別の人間として生活するという変身願望の実現を描いてもいるわけです。(2005年2月12日)
<1998年/イギリス、アメリカ/監督 ジョン・マッデン/主演 グウィネス・パルトロー>
これがシノギや! 筧さん主演!という理由で鑑賞。1994年の作品です。ビデオ屋のヤクザ映画コーナーでこれを探すのはちょっと恥ずかしかったよ筧さん!
32歳の筧さんが若くて青くて初々しくて、にやにやしてしまいます。
開始早々ベッドシーンだったので「なんだ、単なるお色気映画か…」と思いましたが、セックスシーンはそれくらいで基本的にはコメディです(カケイスト的にはここでの筧さんの美肌&ムダのないカラダに釘付けでした)。
筋立ては感動も何もないのですが、「ヤクザものコメディ」と割り切って観ればそれなりに楽しめます。関西弁で啖呵を切る筧さんに愛。筧版「酔拳」も見られます。
本作の筧さんはまだまだ青臭くてすごく微笑ましいのですが、やっぱり今のほうが「いい男」ですね。30代後半、40代と年を重ねるにつれてどんどん味が出てきているということが確認できました。
年を取るごとに魅力が出てくる俳優さんって良いなあ。(*^^*)(2005年11月20日) <1994年/日本/監督 西村昭五郎/主演 筧利夫>
コン・エアー Con Air 主役は一応ポー(ニコラス・ケイジ)ですが、正義感に燃えるポーよりも凶悪犯罪者サイラス(ジョン・マルコヴィッチ)のほうが遥かにインパクトが強く、かつ見ていて面白いので、サイラスを応援してしまっていました。とはいえサイラスが捕まるか死ぬかしないとこの映画は終わらないので、最後はかなりショッキングな形で死んでしまったのですが。それにしても奇人変人をやらせると、否、やらせても、マルコヴィッチは本当に上手ですね。彼が出演しているという理由でこれを見た私としては大満足でした。
解せなかったのは、いかにもキーパーソンかのように登場したガーランド・グリーンが結局たいした見せ場のないまま夜のラスベガスに紛れ込んで終了となってしまったこと。彼の役割って一体なんだったのでしょうか。
(2004年3月3日)
<1997年/アメリカ/監督 サイモン・ウェスト/主演 ニコラス・ケイジ>
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