大夜逃 夜逃げ屋本舗3
「準禁治産者」という言葉が出てくるあたりに時代を感じる1995年の作品。若き日の筧さん出演作です。
筧さん演じる成瀬隼人は、多重債務者のうえに自己破産申請も却下されたダメ人間。「じゃあ何かよ、借金は返さないといけないってことかよ!」と裁判官に食ってかかり、「当たり前だ!」と一喝される(そりゃそうだ)。
あの細っこい体で道路工事にいそしむ筧さんを見ていると「大丈夫?」と言いたくなります。
連帯保証人である恋人に怒鳴られっぱなしで終始情けない顔の成瀬がコミカルです。この手の「情けない男」は「スペーストラベラーズ」でも演じていますが、実に上手いですね。
この映画の教訓は…「ご利用は計画的に」ということでしょうか。(2005年11月20日) <1995年/日本/監督 原隆仁/主演 中村雅俊>
ダ・ヴィンチ・コード The Da Vinci Code
原作のファンとしては、文章だけで描写されていた図像や美術作品、教会、小道具(銀行の金庫の鍵やクリプテックス、シリスなど)を映像で見ることができて「あ、これはあの場面のアレだ!」という喜びがあるのですが、それだけなんですよ。「小説を映像化した」という以上のものではない。本作が「原作を読んでから観ないと面白くない、というか理解できない」と言われるのは、これがひとつの映画作品として独立しておらず、小説の補完でしかないからです。もっとも、あれだけ情報量の多い話を映画化するとなると、どうしてもそうなってしまうのだろうとは思います。原作を偏りなく150分に圧縮しただけでも監督に拍手する価値があります。
最も役にはまっていたのはポール・ベタニー演じるシラス。真っ白な髪と肌、イッちゃってる目が強烈な印象でした。悲惨な過去を背負って、信じる神に全てを捧げて救いを求め続ける狂信者。存在感たっぷり。
(2006年6月11日) <2006年/アメリカ/監督 ロン・ハワード/主演 トム・ハンクス>
チャーリーズ・エンジェル フルスロットル Charlie's Angels Full Throttle
「チャーリーズ・エンジェル」第2弾。例によって例のごとく、ストーリーは何が何なのやら全く分かりません。3人の美女が大活躍するさまが売りなので筋書きはどうでもいいのかもしれませんが、問題はデミ・ムーアです。好評を博した作品の続編というのは、前作を下回るべからずとばかりに大物俳優を投入したり設定をより大掛かりにしたりすることが多いのですが、本作でムーアが使われたのもそういう意図なのでしょう。ですが、そういう理由で出てきた割には役割がやや不明確なんですね。彼女がどういう意図でエンジェルに攻撃を仕掛けているのかがいまいち分からない。冒頭からどんどんムーアを出してきても良かったかもしれません。
もともと私はあまりアクションに興味がないので、カンフーはすぐ飽きてしまいました。(がんばって最後まで観ましたが。)もう少し短時間の小品にしたほうが楽しめたかも。
笑ったのが、アレックス(ルーシー・リュー)と父親の勘違い会話。アレックスはエンジェルの仕事がいかに充実しているかを父親に熱く語っているつもりなんですが、父親は直前にアレックスの彼氏から抽象的な説明を受けていたために、娘が体を売っていると思い込んでいるという、アンジャッシュのコントにありそうな一幕。あれはツボでした。(2004年1月6日) <2003年/アメリカ/監督 McG/主演 キャメロン・ディアス>
チルソクの夏 韓国人の少年と恋に落ちた日本の女子高生。2人は1年後の七夕(チルソク)に再会を約する。 28年前の女子高生って純粋だったんだなあ。今ならアドレス交換してメールでのやり取りなんだろうけど、文通しか手段がないために2人の関係が周囲にばれてしまいます。逆にいうと、電子メールや携帯電話は家族や地域の中を不透明にしたということでしょう。 日韓の国民感情の衝突は特に目新しい描写ではなく、いろんなところで言われているものなので、「日韓ロミオとジュリエット」な展開にはそれほど惹かれませんでした。なので、いわゆる「日韓もの」ではなく、単に10代の喜怒哀楽のみずみずしさを楽しむつもりで見ればこの映画は面白い。 一つの恋を経験して成長した主人公に、「春がきて君はきれいになった」という歌詞がぴったり合っていて思わず涙。(2005年3月29日) <2004年/日本/監督 佐々部清/主演 水谷妃里>
鉄道員 イタリア映画です。父親は「バスタオルと洗面器が要るくらい泣ける映画だ」と言っていましたが、…1滴も出ませんでしたぜ、ナミダ。私のような、ケツの青いガキには理解しがたい映画だったのでしょうかねえ。とはいえ全く心を動かされなかったという訳ではありませんでした。ある程度の時間を挟んでもう1度観たいと思わせる珍しい映画だと言えるでしょう(近頃はハリウッド映画を主に見ていたので、余計にそう思ったのかもしれません)。印象に残ったのは母親役の女優さんの表情。ラスト、家庭に平安が訪れたと思って、キッチンの椅子で見せる安堵の表情、良いですね。子供もまあ可愛かったけど、同じイタリアの子役なら "LA VITA È BELLA" でジョズエを演じた子の方が好きだなあ。あくまでも個人的好みですけどね。(2002年1月16日) <1956年/イタリア/監督 カルロ・ポンティ/主演 ピエトロ・ジェルミ>
独裁者 The Great Dictator 思いっきり笑えてしっかり泣ける凄い映画。戦争映画で何かいいのない?と思っている人、お勧めです。 高校の英語の教材として読んだ、6分間の演説の印象が強かったのでひたすら深刻な内容の映画なのかと思っていたのですが、杞憂でした。冒頭の場面から理屈抜きで笑えて、しかも最後はちゃんと感動できます。ヒトラーを皮肉った独裁者ヒンケルの演説場面では、チャップリンのなんちゃってドイツ語が炸裂してこれまた爆笑。ヒトラーの演説を映像か何かで見たことのある人は、「そうそう、まさにそんな感じ!」と思えることでしょう。 ラストの演説はチャップリンからのメッセージですね。聞いていると涙ぐんできてしまいました。彼が望んだ世界を、人間はいまだに実現できていないんだよなあ。そう思うと、この作品は今なお決して古典ではない。そんな思いになります。(2004年2月4日) <1940年/アメリカ/監督&主演 チャールズ・チャップリン>
突入せよ!あさま山荘事件 「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)」の若松孝二監督が「映画館に爆弾を投げたくなるような映画」だと酷評していた(※)ので、そんなにひどい作品なのかと思って見てみたら、ひどいというより退屈で、あちこち飛ばしながら見ました。
「立てこもり」「銃撃戦」「人質」「鉄球」というアクション要素がそろっているにもかかわらず、つまんない会議のシーンにかなりの時間を割いているんです。長野県警と警視庁のどっちが指揮を執るかで延々と話ばかりしていて、緊張感がないんですよね。タイトルからして突入がメインなのは分かってるんだから、早く突入してくれよと。
一言で言うと「つまんない」に尽きるのだけれど、なんでかというと、何を描きたいのか分からないから。「あさま山荘事件を警察側から描いたのだ」というなら、当時の警察が新左翼運動にどういう姿勢で対処していたのか描いてほしいんですけど、それもない。結局、警察内部のごちゃごちゃした、かつどうでもいい揉め事ばかり描いていて、佐々淳行ひとりが英雄って、そりゃないでしょ。「実録〜」との一番大きな違いがそこだと思います。「実録〜」は監督が何を伝えたくてこれを撮ったのかがビシビシ伝わってきたのに、「突入せよ!」はそういう製作側の情熱みたいなものが全然伝わってこないから、なにか軽いというか、空虚なんですよね。「あなた達は、何を描きたくてこれを撮ったの?」と聞きたい。
※ 書籍「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)」より。
「僕は『突入せよ!』を観たときにほんとに腹が立ってね。もうちょっと若かったら映画館に爆弾でも投げようってくらいに腹が立った。やっぱり何かを表現する人は権力側から撮っちゃいけないっていうのが僕のポリシーなんでね。」(173ページ)
「(「実録〜」を撮った)一番のきっかけは、『突入せよ!「あさま山荘」事件』という映画を見たことじゃないでしょうか。権力側からの視点で、クラシックを聴きながら逮捕するなんて、ふざけた描き方をしたあの映画。……僕は『突入せよ!』だけは許せなかった。あれは、山荘内部の若者のことを何も描いていないでしょう。……表現をする者は、権力側から描いたらダメですよ。」(183ページ) (2009年9月2日) <2002年/日本/監督 原田眞人 主演 役所広司>
ドリームガールズ Dreamgirls 筋書きはシンプルで分かりやすく、曲も豪華でよかったです。中でも目玉は、アカデミー助演女優賞のジェニファー・ハドソンのソウルフルな歌声。「助演」女優賞でしたが、彼女が主演にしか見えませんでした。役どころからしても、歌の力強さからしても。ビヨンセは途中からリードシンガーになるんですが、センターに立った時の彼女の「華」ってやっぱりすごいですね。見せ方がいいのもあると思いますが、周りがすっかりかすんでしまいます。
60年代〜70年代のアメリカということで、人種差別やドラッグ、ベトナム戦争などの時事ネタも随所に。いい曲を出しても白人系のテレビ・ラジオで流れないと意味がないとか…
売れ始めるとプロデューサーのカーティスの意向で白人受け&テレビ世代受けを狙ってディスコ路線になっていくんですが、彼女たちの最初の路線とどんどんズレていって、メンバー同士もぎくしゃくしていく。カーティスも良かれと思ってプロデュースしているわけだから、売れないころから家族のようにやってきた仲間たちがどんどん自分から離れていくのに苛立ちます。一方で離れていく仲間もカーティスに苛立っていて、全員が「こんなはずじゃなかった」「どうしてこうなるんだ」と思っているんです。しまいにはカーティスは、昔憎んでいた白人と同じように人の歌を盗作までしてしまうという袋小路っぷり。このあたりの彼の弱さが良かったですね。
映画ですから、最後はもちろんみんな戻ってきて和解して大団円。なんて分かりやすい話だ!と思いながらも、分かりやすいだけにしっかり泣いてしまいました。
ラスト、自分に娘がいたとカーティスが知るところは切ないです。彼は平気でエフィを捨てたのに、エフィは彼の子供を堕ろしもせずに大事に育てていたんです。カーティスは彼女が身ごもっていることすら知らなかったというのに。カーティスはもう、エフィに土下座しても足りません。ですが、エフィはカーティスとやり直す気はないような気がしました。子供は好きだけれど、彼とはやっていけない(いかない)というのは彼女の中でもう決定事項になっているという感じです。ディーナ(ビヨンセ)がカーティスと別れるのもそうなんですが、自分でしっかり立って生きて行くんだというタフな姿勢が感じられます。田舎の舞台でプロデューサーに会ってはしゃいでいたころとは違うんですよね。そのあたりの彼女たちの成長ぶりに好感。
ただ、ショービズもののミュージカルなのでどうしても「シカゴ」と比べながら見てしまいました。個人的には「シカゴ」のほうが好きですね。「シカゴ」は1920年代らしさを十分に出しながら、変な湿っぽさを狙っていなくてエンターテインメントに徹しているからかもしれない。(でも60〜70年代が舞台でコメディに徹するって無理な話かも。20年代はひたすら享楽の時代で、それはそれでよかったんですが。)(2007年3月13日) <2006年/アメリカ/監督 ビル・コンドン/主演 ジェイミー・フォックス>
トンネル Der Tunnel ベルリンの壁が築かれた1961年、家族や恋人を西側に脱出させようと命がけでトンネルを掘った人々を描いたノンフィクション。167分と長尺なうえに内容は深刻ですが、見る価値はあります。 フリッツィが壁にすがりついて東にいる恋人の名を呼び、その向こうで恋人は壁を越えようとして射殺されるというのがおそらく本作最大の泣かせどころで、たかだか厚さ数十センチの壁が人々にとっては如何に厚かったかということを感じさせられます。(ただ、恋人を失ったフリッツィがその直後に今までキスもしたことのないハリーと突発的にセックスをする、というのは理解不能でした。寂しかったのでしょうか?) また、夫は妻を西に脱出させようとしているにもかかわらず、妻は保身のためにトンネル計画を東ドイツの軍隊に密告するなど、国同士の対立が人の心までゆがめてしまうということを実感。ドイツ分断の悲劇がよく分かる作品です。(2004年10月14日) <2001年/ドイツ/監督 ローランド・ズゾ・リヒター/主演 ハイノー・フェルヒ>
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