葉っぱ トヤマのコトバ 葉っぱ

よくある言い回し

〜したらく
 〜して歩く、〜してまわる。「走ったらいて」=「走り回って」、「ゆうたらく」=「言って回る、言いふらす」。

〜しとる
 〜している。「しておる」がもとになっている(東京弁の「いる」は富山弁では「おる」なので)。ほかの動詞では「知っとる」「持っとる」「読んどる」などのようになる。これが過去形になると「〜しとった」。「走っとった」=「走っていた」など。また、助詞のテが付くと「知っとって」「食べとって」となる。(意味はそれぞれ「知っていて」「食べていて」)。

〜しとってかって
 〜しているくせに。〜していながら。非難する気持ちが込められていることが多い。
例:「知っとってかって、言わんかったがけ?」=「知っていて言わなかったの?」

〜しにかる
 〜しそうになる。私は講義を聞いていて、ときどき眠りにかる。

〜しられ
 「〜しなさい」。「食べられ=食べなさい」、「来(こ)られ=来なさい」、「勉強しられ=勉強しなさい」の要領。人によってはこの後ろに「ま」がくっ付き、「〜しられま」となる。
 次に挙げる「〜しられんか」「〜しられんな」もそうなのだが、「られ」はおそらく尊敬の意味。尊敬の気持ちを込めて命令、というとなんだか変な感じがするが、それだけ相手に対して気を遣っているということなのだろうか。

〜しられんか
 「〜しなさい」。「しられ」が言い方によって優しくもきつくもなるのに対し、「しられんか」は明らかに強い命令。「静かにしられんか」と言うと、「静かにしろって言ってるでしょ。あー腹立つ」くらいの気持ちが込められていると思ってよい。これがさらに「〜しられんかいね」になると、話者のイライラ度はかなり高くなっている。

〜しられんな
 「〜してはいけない」。あまり強い禁止ではない。「〜しないほうがいいよ」くらいのニュアンス。「そんなこと言われんな」「無理しられんな」など。

〜せなんだ
 〜しなかった。言わなんだ=言わなかった、行かなんだ=行かなかった、の要領。

〜せんかった
 〜しなかった。富山弁にもともとあった表現「〜せなんだ」と、標準語の「〜しなかった」が混ざって生まれた、比較的新しい方言(ネオ・ダイアレクト)と言われている。私は「せんかった」をよく使う。
 このようなネオ・ダイアレクトのさらに新しいものとして、「〜せんくて」がある。標準語の「〜しなくて」と、富山弁の「〜せんで」が混ざって生まれたものだと思うが、富山ではまだまだ市民権を得ておらず「乱れた言葉」だと受け止められている。なので年配の人の前で「そんなこと知らんくて〜」などと言うと「正しい言葉を使いなさい」とたしなめられる。

〜せんにゃ
 〜しなければ。
例:「すぐ電話せんにゃ」=「すぐ電話しなきゃ」
 「〜しなければならない」をあらわす表現はこれ以外にもたくさんある。「〜せんといけん」、「〜せんにゃならん」、さらにこれがつづまった「〜せんならん」、などなど。

〜せんまいけ
 〜しようよ。相手を誘う表現。
例:「遊ばんまいけ」=「遊ぼうよ」、「行かんまいけ」=「行こうよ」
「まい」が打ち消し意思だとすると、「〜せんまいけ」は英語のWhy don’t we〜?と似たような誘い方をしているといえる。
「〜せんまいか」も同じ意味。

〜せんもん
 〜するんじゃない。してはいけない。
 直訳すると「〜しないもの」。「嘘つかんもん」と言えば、「嘘をつくんじゃない」「嘘をついてはいけない」という意味である。話者は怒っているわけではない場合が多い(怒って言うこともあるが)。たしなめる口調でありながら、どことなく和やかな雰囲気が漂う言い回し。

〜ちが
 〜だってば。関西風に言うなら、〜やっちゅーねん。
例:「言われんでも、分かっとっちが」=「言われなくても分かってるってば」。
 地域によっては「ちゅが」と言う。


 逆接の接続助詞。
例:「覚えとれど」=「覚えているけど」、「行ったことあれど」=「行ったことがあるけど」
 この「ど」、平安時代には歌や和文脈で多用されたが室町時代に文語化した。そんな「前時代の遺物」がいまだに(若い人はほとんど使わないにせよ)口語で使われている富山は日本語界における遺跡的スポットと言っても過言ではない、かもしれない。

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